Bill Brandt
ビル・ブラント


イギリス, 1904-1983

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一般的に私たちは、芸術の「伝統」について誤解しがちです。それを要塞のようなものと想像し、その中では永久不変の真理が時代の変化に影響されることなく守られているのだ、と。
ところが「伝統」というものは、実際にはもっと日常生活に即した実用的なもので、決して格式ばった退屈なものではなく、しかも永遠の生命を保証されてはいないのです。
「伝統」は、個々のアーティストの心の中に存在していて、その人がそれまでに体験したことの記憶、その集合体から形成されています。そして、日々の創作活動の出発点を決定することが「伝統」の役割です。

そして場合によっては「伝統」がその創作活動の終結を宣言しなければならないこともあります。そのとき、伝統は死に絶えるのです。






ビル・ブラントの祖国イギリスでは、写真の伝統は1905年ごろ途絶えたといわれています。それは偶然にもビル・ブラントが生まれたのと時を同じくしています。

ブラントは青年期をドイツ、フランスなどヨーロッパ大陸で過ごしました。そして20代後半でパリに行き、 マン・レイのもとで写真を学びました。パリでは ウジェーヌ・アジェの写真に出会い、フランスのシュールレアリストたちの映画作品などに触れるようになりました。その頃ブラントの作品はすでに強烈にシュールレアリズム的性格を帯びていましたが、彼の師マン・レイのような知的遊びに似た非合理主義ではなく、イタリアの画家ジョルジョ・デ・キリコやフランスのイラストレーター、ギュスターヴ・ドレのように辛らつで、詩的なロマンチシズムを備えていました。






1930年代に入りブラントはロンドンに帰国しましたが、そのときすでにイギリスは ジュリア・マーガレット・キャメロンなど多彩な写真家を輩出した過去の栄光をすっかり忘れきった状況で、新しい時代の写真を模索しようという気運は感じられませんでした。

そうした環境のなか、ブラントは以降40年間にわたり実質たった一人で活動していきました。インターネットが発達した現代とは違い、それは世界的な写真の流れ、流行との接触をほとんど絶たれたことを意味します。

そのような孤立した環境に置かれると、流行に迎合しない真に自立した独自の才能だけが生き残ります。それは芸術にとって過酷な環境といえますが、逆に考えると誰にも邪魔されずに革新的なビジョンを発展させていくための聖域といえるでしょう。

ブラントの作品は、その時代の写真の流れとは一貫して隔絶したところにありました。 攻撃的なドキュメンタリーが流行った時代に内省的な写真を撮り、懐疑的な流れに傾いたときにロマンティックに、「事実をありのままに写し取ろう」という気運が高まっている時代に実験的で形式を重んじた作品を撮影してみたり、といった具合です。






イギリスに帰国後、ブラントはあらゆる階級、あらゆる境遇のイギリス人たちを撮影することに集中しました。
これらの写真は非常に感動的であると同時にどこか奇妙な感じを与えています。まるで忘れ去られた何かを撮影したかのように、その写真からは同情とともに、目の前の対象から穏やかに距離を置いた心情が伝わってきます。

惜しげもなく率直に、ありのままを撮影しているにも関わらず、彼の写真は一瞬を切り取ったドキュメンタリー写真ではなく、人間が背負う運命や忍耐、勇気、そして生命力を表現しているように感じられます。





ビル・ブラント / キュレーターおすすめの写真集
Bill Brandt Behind the Camera: Photographs, 1928-1983

労働者階級の家族、空襲により被害を受けたロンドン、文学的な肖像、ヌードなど、ブラントは多様な主題を彼独自の視点で撮影しました。この本は100枚以上の写真が解説つきで紹介されています。


Brandt: The Photography of Bill Brandt

ロンドンのバービカン・センターで開かれた写真展のカタログとして出版された写真集。マン・レイの写真スタジオで学んだシュールレアリズム的な作品、ロンドンや北イングランドの工業地帯の暗く憂鬱な風景、有名なヌードのシリーズなど、彼の作品をカテゴリ別にすべて網羅しています。


Portraits (Photography & film)

エズラ・パウンドをはじめとする多くの詩人、俳優、音楽家、哲学者、アーティストのポートレート集。




ビル・ブラントのことば・名言集
  • 写真はいまだ非常に新しいメディアであるから、あらゆることを試し、勇気を持って立ち向かわなければならない。写真にルールはない。スポーツではないのだ。重要なのは結果である、それがどんな過程を経ようとも。
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