Edward Steichen エドワード・スタイケン




Edward Steichen
エドワード・スタイケン


ルクセンブルク〜アメリカ, 1879-1973

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Edward Steichen エドワード・スタイケン

エドワード・スタイケンは1879年、ルクセンブルクで生まれました。10歳のときに両親、妹とともにアメリカに移住し、その後1900年に帰化してアメリカ人となりました。

1894年、15歳になったスタイケンは、ミルウォーキーで石版印刷の見習いとして働き始めます。一日の仕事を終えるとスケッチをしたり絵を描いたりしていましたが、たまたま職場の近くにあったカメラ店を訪れるようになり、ついに最初のカメラ、コダックの中古の携帯用カメラを購入します。

スタイケンはその後ミルウォーキーからパリへ行きますが、その途中ニューヨークでアルフレッド・スティーグリッツに出会いました。スティーグリッツはスタイケンの絵画を賞賛し、さらに彼の撮影した写真を3枚購入しました。1902年、スティーグリッツは写真雑誌『カメラワーク』の創刊を企画していたとき、スタイケンに表紙のロゴ・デザインと活字の制作を依頼しました。1905年にはスティーグリッツが「フォトセセッションの小ギャラリー」(その所在地の住所から通称「291ギャラリー」と呼ばれた有名なギャラリー)を設立するのに協力しました。

1911年、スタイケンはフランス人ファッション・デザイナーのポール・ポワレがデザインしたガウンの写真を撮影し、『Art et Decoration』誌の4月号に掲載されました。これが世界で最初に撮影されたファッション写真であるといわれています。


Edward Steichen エドワード・スタイケン

第一次世界大戦中はアメリカ遠征軍の航空撮影部門で参戦しましたが、大戦後はストレートな写真へとその写真スタイルを変化させ、徐々にファッション写真を中心に活動するようになります。1928年にスタイケンが撮影した女優グレタ・ガルボのポートレートは、彼女の代表的なポートレート写真のひとつといわれています。

第二次世界大戦が始まると、アメリカ海軍写真班で指導に当たり、一方でドキュメンタリー映画を制作しました。この戦争ドキュメンタリー『ファイティング・レディー』は1945年度アカデミー賞のベストドキュメンタリー賞を受賞しています。戦後はニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーターを1962年まで務めました。

ニューヨーク近代美術館のキュレーター時代の仕事として有名なのは、1955年に開催された写真展「ファミリー・オブ・マン」展でしょう。この写真展は、200万枚以上の写真のなかからスタイケンがセレクトしたおよそ500枚から構成されていて、有名・無名に関わらず68か国273人の写真家の作品を集め、編集したものです。写真展は大成功を収め、38か国で展覧会が開催されました。これらの写真は、最終的にはスタイケン本人の希望により、彼の祖国ルクセンブルクに寄贈され、現在でもクレルヴォー城で常設されています。「ファミリー・オブ・マン」展は2003年、ユネスコの世界記録遺産に登録されました。


Edward Steichen エドワード・スタイケン

1963年、エドワード・スタイケンは自伝『A Life in Photography』を執筆するに際して、自身の作品から241枚をセレクトしました。その撮影時期は1895年から1959年にまで及びます。実にそれは写真史の半分を網羅するほどの長さです。

半世紀以上の間、スタイケンは写真のさまざまな分野において改革者であり主導者であり続けました。若いころは印象派の影響が見られる叙情詩的な風景写真、その後の大胆な実験的作品や素晴らしいポートレート、円熟期を迎えてからのドキュメンタリー・プロジェクトや、キュレーターとして企画した「ファミリー・オブ・マン」などの写真展のスタイル、そのすべてが写真の発展に途方もなく大きな貢献をしているのです。

スタイケンの長いキャリアの中で最も重要なのは、1920年代の作品です。第一次世界大戦中に航空写真を撮影した経験は、目の前の事象に対するアプローチを見直すきっかけとなりました。航空写真として求められるのは、ソフトフォーカスを使った、絵画的で「いじったような」写真ではなく、ストレートに目の前の対象物の美しさや力強さをとらえること。しかもそこには人の心をつかんで離さないディテールと、豊かで輝くようなすばらしいトーンがありました。

大戦後に自らの作品作りに戻ったとき、彼はこれまでの写真スタイルを劇的に変化させ、写真という表現方法にしか持ちえない特性を最大限にそしてストレートに使った撮影を行うようになります。

高い上空から地上を撮影する航空写真は、はるかかなたの「平面」を撮影するという非常に抽象的な側面を持っていることが、逆にその後の作品に見られる極めて緻密な、筋肉質な印象の一因になったのかもしれません。


Edward Steichen エドワード・スタイケン

1910年代、多くの写真家、特にポール・ストランドとチャールズ・シーラーが、写真表現の新たな可能性を探る動きを始めました。つまり、一部分だけを写すことで全体像を表現するというやり方です。この取り組みは写真の構図の幅を広げ、シンプルな構図という新たな選択肢をもたらしました。さらに、詩を書くときに詩人が言葉を省略するように写真で表現できるようになったのです。

このように直感的に撮影することで、写真家はよりダイレクトに、よりリアルにカメラを扱うことができるようになりました。と同時に、従来のように長々と時間をかけてすべてを言葉で表現しつくすような撮影方法は影を潜めたのです。

たとえば19世紀の写真家が撮影したパルテノン神殿の写真を使えば、実物を見なくても模型を作ることができます。当時は大判のフィルムに建築物全体が写るように撮影するのが一般的だったからです。しかし、スタイケンの写真ではそれは不可能です。そこにはパルテノンの全体像は写ってません。建築学的にパルテノン神殿の構造を知ることはできませんが、そこからは偉大な建築物の空間、スケール感、そしてドラマが感じられます。この写真は建築様式を説明しているわけではなく、この壮大なる建築物の胸躍る物語を、そして信仰と英雄、永遠、時間を謳いあげているのです。





エドワード・スタイケン / キュレーターおすすめの写真集
Edward Steichen: Lives in Photography

ピクトリアリスム時代を経てファッション写真家、そしてMoMA写真部門のディレクターと、スタイケンのキャリアを彼の作品で辿ります。印刷も美しく、おすすめ。


Edward Steichen: The Early Years

1890年代後半から第一次世界大戦までの初期の作品が収められた写真集。10代で写真をはじめ、23歳にはすでにスティーグリッツに賞賛される風景写真を撮影していたという早熟の天才の若き日の写真。


Edward Steichen In High Fashion: The Conde Nast Years, 1923-1937

「ヴォーグ」「ヴァニティ・フェア」などファッション誌時代の写真が集められた一冊。ゲーリー・クーパー、グレタ・ガルボなどのポートレートも見ることができる。印刷の素晴らしさが群を抜いているおすすめの本です。


エドワード・スタイケンのことば・名言集
  • 物事の本質を見ることができるようになって初めて、それらを感じることができるようになる。
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