Harry Callahan ハリー・キャラハン




Harry Callahan
ハリー・キャラハン


アメリカ, 1912-1999

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Harry Callahan ハリー・キャラハン

ハリー・キャラハンは1912年、ミシガン州デトロイトで生まれました。モーターシティと呼ばれ自動車産業の盛んなこの町で、キャラハン青年はクライスラー社で働いていましたが、大学で工学を学ぶため退職。しかし結局、大学を中退し、クライスラーに戻りました。26歳ごろから写真に興味をもち始め、カメラクラブに入会して独学で写真を始めます。29歳のとき、アンセル・アダムスの講演を聞いて大きな影響を受け、大型カメラでの撮影を開始しました。その年、友人とコロラド州にあるロッキーマウンテン国立公園に出かけましたが、写真を一枚も撮らずに帰ってきたというエピソードが残っています。

その後、ゼネラルモーターズ(GM)の写真部を経て、34歳のときにシカゴ・デザイン研究所に講師として招へいされ、創設者であるラズロ・モホリ=ナギと出会いました。49歳で名門美術大学であるロードアイランドスクールオブデザインの教授に就任し、教育者として写真家の育成に長く貢献しました。

私生活では21歳で未来の妻エレノアと出会っています。その当時、彼女はクライスラーで秘書をしていました。3年後ふたりは結婚。結婚から14年後、娘のバーバラが誕生しました。


Harry Callahan ハリー・キャラハン

キャラハンは日記、手紙、スクラップブック、講義ノートなどの記録をほとんど残していません。彼の撮影論はシンプルなもので、毎朝出かけていき、町を歩き、たくさんの写真を撮る。それだけでした。それから午後はずっとその日のベストショットと思われるネガのベタ焼き作りに費やしました。これだけの活動をしながらも、完璧主義のためか、最終的に作品として完成させたのは一年間で10枚に満たなかったのです。

その作品は極めてパーソナルなものを扱っていて、学生たちにも自分自身の生活にカメラを向けるよう奨励しています。主要テーマである妻のエレノアを、キャラハンは15年間にわたって撮り続けました。自宅で、町で、風景の中で、彼の写真のいたるところに妻の姿を見い出すことができます。ときには娘といっしょに、ときには一人で。モノクロで、カラーで。ヌードで、着衣で。アップで、遠景で。また、多重露光や大小さまざまなフォーマットのフィルムも試みています。

その功績が認められ、1996年、84歳でアメリカ国民芸術勲章(National Medal of Arts)を授与されました。

1999年、キャラハンはアトランタで死去。87歳でした。10万枚に及ぶネガと、1万枚以上のベタ焼きが遺されていました。それから13年後の2012年、妻のエレノアが95歳で亡くなりました。


Harry Callahan ハリー・キャラハン

少なくとも19世紀半ば以降、芸術家はそれまで主流だった神話や宗教画、肖像画の世界を飛び出して、家庭や身近なもの、または自分の経験に基づくことに創作のテーマを求めるようになりました。西洋文明を嫌ってタヒチに渡り、同時代の画家たちとは一線を画す作品を描き続け、サマセット・モームの小説『月と六ペンス』のモデルになったといわれるポール・ゴーギャンのような画家は、この時代たいへん稀な存在だったのです。

写真に関しても同様のことが言えます。傑作を生み出した写真家たちの多くが、日常生活や、慣れ親しみ熟知した問題を扱っています。

とはいえ、写真家たちは身近な素材を撮影することで満足したわけではありません。その個人的な経験を通して、より幅広く、より普遍的な問題を人々に提示することを目指しました。こうした作品は、個人的で限定された範囲からより大きな世界へ意識を向けるよう、観る人をいざなっているのです。


Harry Callahan ハリー・キャラハン

ハリー・キャラハンの作品は例外です。なぜなら彼の写真は、私たちの意識をより内面へ内面へと向かわせ、ついにはキャラハンの個人的な感覚の中心部分へ到達するように私たちを引きずり込むからです。キャラハンの個人的な感覚は、極めて個人的で範囲の限定された被写体を、彼がどのように認識したのかという形で表現されています。

長い間キャラハンは妻と娘、自分の住む町、隠れ家として時折訪れた田舎の牧歌的な風景のディテールを撮影してきました。これらのテーマはあまりに身近で、あまりに一般的であり、見るからに扱いやすい素材のため、熟練した写真家であればほんの一瞬で撮影を完了できるだろうと思う人もいるかもしれません。しかし、キャラハンはこれらのシンプルな作業を何度も繰り返して、自分の感覚を忠実に表現しようと努めました。

注目すべきは、キャラハンはただ単に写真家として自分の生活を忠実に記録したとか、ましてや人生の意味を追求するために写真を利用したといった次元にとどまらないということです。ハリー・キャラハンにとって写真とは生き方そのもの。毎日繰り返される生活のなかで、今日を迎え、その日一日とうまくやっていく方法そのものだったのです。





ハリー・キャラハン / キュレーターおすすめの写真集
Harry Callahan: The Photographer at Work

キャラハン、アンセル・アダムスなど多くの写真作品を所蔵することで知られるアリゾナ大学クリエイティブ写真センターが開催した回顧展に伴い、出版された写真集。キャラハンを深く知るための一冊。序文はMoNAのキュレーターだったジョン・シャーカフスキー。


Harry Callahan: Retrospective

2013年7月に刊行された写真集。60年近くのキャラハンの活動が一冊にまとめられている。カラー作品も豊富に収録。



Harry Callahan

ワシントンD.C.にあるナショナル・ギャラリー・オブ・アートにて開催された回顧展のカタログ。119枚の作品によってキャラハンの生涯を振り返ります。



Harry Callahan: Eleanor

キャラハンの写真の主要テーマであった妻エレノアの作品を集めた一冊。一人の女性をさまざまな方法、フォーマット、シチュエーション、テクニックで見つめています。



ハリー・キャラハンのことば・名言集
  • 写真は人生そのものと同じくらい冒険であり、自分の個人的な感情は表現する価値のあるものだということに、多くの人が気づいてほしいと願っている。私にとって写真が刺激的なのはまさにその点なのだ。


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