
Helen Levitt
ヘレン・レヴィット

ヘレン・レヴィットはしばしば「写真家の写真家」と呼ばれてきました。一般にはあまり有名ではありませんが、写真家仲間からはたいへん尊敬されているからです。彼女は名声を得たいと願うタイプの女性ではありませんでしたし、自分自身のことを語ろうとしなかったため、その生涯はあまり知られていませんが、彼女の残した写真は注目に値するもので、多くの人にぜひ知ってほしい写真家のひとりです。
ヘレン・レヴィットは1913年にニューヨークのブルックリン(ベンソンハースト)で生まれました。ハイスクールを中退した彼女は、ブロンクスでコマーシャル・フォトの仕事に就きましたが、まもなく自分のスタイルで写真を撮り始めます。最初は社会的なメッセージを発するような主題を探していたといいます。
「当初わたしは、労働者階級の人たちの写真を撮って、彼らの活動に貢献しようと考えていました」
ヘレン・レヴィットはあるインタビューでこう述べています。「その活動が社会主義であろうが共産主義であろうが、とにかく自分がその活動の一端を担えると考えたのです。しかし、あるときアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真に出会い、こう思いました、写真は思想ではなくアートだ、と。その思いに勇気を得て、わたしはストリートへ飛び出していったのです」

こうして1930年代から40年代にかけて、ヘレン・レヴィットはニューヨーク中の通りを歩き、とりわけスパニッシュ・ハーレムのストリートで多くの写真を撮影しました。
「あの当時は写真を撮るのにうってつけの場所が近所にたくさんありました。というのもテレビが普及する前のことで、みんな通りに出ていたからです。夏になると、老人たちが暑さを避けて表のポーチに座りながら涼む姿が見られたし……、30年代後半のストリートはとてもにぎやかだったのです」
こうして撮影された写真には、何かを主張したり社会的なテーマでドキュメンタリーを作るといった意図はありませんでした。彼女が貧しい人が多く住む地区で写真を撮ったのはそこに人々がいるからであり、豊かで興味深いストリート・ライフがそこにあったからです。

ヘレン・レヴィットが撮影したのは珍しい特別な事件ではなく、子どもたちの遊び、主婦たちの家事やおしゃべり、老人の静かな姿などです。
その写真は優しく、機知に富んでいて、親愛の情にあふれています。写真のなかの子どもたちは集団で遊ぶいたずらっ子たちで、通りを占領しています。服は破れたり汚れたりしていましたが、表情はいきいきと輝いています。彼らの遊び道具は、棒きれ、チョーク、そして自分自身の想像力でした。
特筆すべきは、はるか昔から毎日毎日、至るところで繰り返されているありふれた日常生活のひとコマが、彼女の写真では美しさ、ドラマ、ユーモア、悲哀、驚きに満ちたものとして現れていることです。まるでストリートが舞台であり、登場する人々がみな俳優、パントマイム、語り部、ダンサーであるかのようにアートに満ちているのです。
ヘレン・レヴィットの写真に写っている当時の庶民の生活の豊かな情景を見て、「1940年代と今とでは生活の質そのものが変化してしまったのではないだろうか?」と疑問に思う人もいるかもしれません。もちろん時代の流れもあるでしょうが、それ以上にレヴィットの写真がすばらしいのは、彼女独自の真実を見抜く眼が日常生活のほんの一瞬をとらえ、そこから美しいファンタジーをつむぎ出しているからに他なりません。

ヘレン・レヴィットは2009年3月29日、95歳でその生涯を終えました。亡くなるまで40年以上住んでいたマンハッタンのグリニッジ・ビレッジにある小さなアパートは、質素な家具が置かれたつつましい部屋で、彼女はそこでビンキーという名前の猫を相棒に暮らしていました。
壁には雑誌から切り取られた一枚の写真が長い間貼られていて、それは自分が撮影した写真ではなく、赤ちゃんを抱いたお母さんゴリラの写真でした。
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ドイツ、ハノーヴァーのシュプレンゲル美術館で開催された回顧展を記念して出版されました。ニューヨークやメキシコで撮影されたカラーを含む写真(未発表作を含む)が収録されています。
1930〜40年代に撮影されたニューヨークの路地の子どもたちの落書き。チョークを手にした子どもたちを見るヘレン・レヴィットの眼差しが感じられる珠玉の一冊。
1959・60年にグッゲンハイム財団の助成金を得てニューヨークのストリートをカラーで撮影しましたが、盗難に遭いほとんど消失。再スタートの末ついに1973年MoMAで発表されました。レヴィットのカラー作品を味わえる一冊。

最初に出版された記念すべき写真集です。ニューヨークのストリートで撮影した写真が収められ、友人でピューリッツァー賞受賞の作家ジェームズ・エイジーがエッセイを書いています。
- 私は言葉で表現するのが苦手なので、自分自身を画像で表現するのです。