Manuel Alvarez Bravo マヌエル・アルバレス・ブラーボ




Manuel Alvarez Bravo
マヌエル・アルバレス・ブラーボ


メキシコ, 1902-2002

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Manuel Alvarez Bravo マヌエル・アルバレス・ブラーボ

マヌエル・アルバレス・ブラーボは1902年にメキシコの首都メキシコシティで生まれました。父親は教師でしたが絵画、写真、文学に造詣が深く、戯曲も手がけていましたし、祖父は肖像画家でした。こうした家庭環境によって、幼い頃からアートに親しみながら育ちました。

家はメキシコ・シティの有名な大聖堂の近くで、歴史地区の中心部にありました。そこではスペイン植民地時代の古い建物がアパートとして使われ、労働者階級など主に低所得者層の人びとが暮らしていました。

メキシコ革命が勃発したのは彼が8歳のとき。子どもながらに銃声を聞き、革命に倒れた死体を目撃した、この体験こそが、後の作品に影響を与えたといっていいでしょう。
12歳のときに父親が亡くなり、家計を助けるため学校を中退したアルバレス・ブラーボは、最初は織物工場で、その後財務局で働き始めます。日中は仕事をし、夜は夜間学校で経理を学んでいましたが、以前からアートに興味を持っていたためにサン・カルロス・アカデミーで芸術の授業を受けるようになりました。


Manuel Alvarez Bravo マヌエル・アルバレス・ブラーボ

祖父も父もアマチュア・カメラマンだったという影響で、以前から独学で写真撮影の技法を研究していましたが、作風に関してはアカデミーで絵画を学び、その影響を受けました。最初はアルフレッド・スティーグリッツが提唱したピクトリアリズムに影響され、絵画的な芸術写真を撮っていました。その後キュービズムやさまざまな抽象絵画と出会い、モダンで実験的な作品を制作するようになります。

25歳のとき、イタリア生まれの写真家ティナ・モドッティと出会います。モドッティはドキュメンタリー色の強いストレートフォトグラフィーで知られた写真家です。その当時愛人関係だったエドワード・ウエストンとともにメキシコを訪れ、雑誌などで活動していたのです。以前から彼女の写真に憧れていたアルバレス・ブラーボは、その影響を受けていきます。さらに、モドッティは彼に多くの知識人や写真家を紹介しました。ウエストンもまた、アルバレス・ブラーボに写真を続けるよう励ましたといわれています。結局モドッティは政治活動を行ったとして国外追放処分を受けますが、メキシコを去る際に自分のカメラと雑誌の仕事をアルバレス・ブラーボに託しました。


Manuel Alvarez Bravo マヌエル・アルバレス・ブラーボ

メキシコ革命のさなか、この国ではメキシコ・ルネサンスと呼ばれる壁画運動が盛んに行われました。白人優位、西欧至上主義的なこれまでの芸術を見直し、メキシコの伝統や歴史を取り入れた民族主義的な絵画を、誰もが見ることのできる壁画という形式で表現することによって、自分たちのアイデンティティを伝えようとしたのです。

アルバレス・ブラーボもまた、この時代の象徴的な人物のひとりです。近代化の推進と、メキシコ人としてのアイデンティティの確立。このふたつの融合を目指して模索し、必ずしも穏やかではないが創造性に富んだ時代の空気を、彼は写真というフィールドで体現しました。そこではアートと平行して考古学や歴史、民族学、独自の文化が重要な役割を果たしたのです。

アルバレス・ブラーボは生前150回以上の個展を開催し、200を超える展覧会に出品しました。メキシコが生んだ初めての写真家であり20世紀の南米を代表するアーティストは、2002年に100歳で亡くなりました。


Manuel Alvarez Bravo マヌエル・アルバレス・ブラーボ

一番最初に掲載した写真の美しい女性が、降り注ぐ光のなかで自らの若さや生命の喜びを謳歌することなく、薄暗い部屋のなかにじっと閉じこもっているのはなぜでしょうか? それは、彼女が塔のなかの囚われの身だからです。

彼女の姿はグリム童話の主人公ラプンツェルを連想させます。魔女によって高い塔に閉じ込められた、美しく長い金髪を持つ娘ラプンツェル。やがて森の中を歩いていた王子が高い塔から聞こえる美しい歌声にひかれ、その長い髪をはしご代わりに塔を登り、ふたりは出会うのです。

壁画運動の中心的人物でフリーダ・カーロの夫としても知られる画家ディエゴ・リベラは、アルバレス・ブラーボの写真に関してこう評しています。「それらは形式においても、内容においても、また目的においてもメキシコ的だった。つまりそこには皮肉と苦悶が満ちているのだ」と。

別の見方をすれば、アートの世界では鏡を手にした若い女性というモチーフは、古来同じ問いを投げかけています。「わたしの美しさは不滅なのか?」 または古代メキシコの詩にあるように「わたしの死後、わたしはこの地上に何も残せないのだろうか?」と問いかけているのかもしれません。

いずれにしろ、技術や構図云々のうわべだけの鑑賞ではなく、自分の視点を持ち、自らのアイデンティティーを感じて
みてはどうかと、この写真は訴えかけているように思えてくるのです。





マヌエル・アルバレス・ブラーボ / キュレーターおすすめの写真集
Manuel Alvarez Bravo

2012年出版。スペインのMAPFRE財団によって開催された展覧会の写真集です。カラー写真やポラロイド作品を含む150点以上の作品が見られます。



マヌエル・アルバレス・ブラボ写真集 メキシコの幻想と光

日本語版で見たいという方にはこの本がお勧めです。未発表作品を含む370余点の写真で紹介する決定版。



Manuel Alvarez Bravo: Photopoetry

80年間の写真家人生の集大成ともいえる大規模な回顧展を記念して出版された写真集です。年代順に構成され、英文ですがエッセイも読み応えあります。



Manuel Alvarez Bravo (Museum of Modern Art)

1997年ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された回顧展とともに出版されました。写真家自身から提供された貴重なヴィンテージ・プリントをもとにした175枚の作品を見ることができます。



マヌエル・アルバレス・ブラーボのことば・名言集
  • 写真家の主な道具は自分の眼です。ところが奇妙なことに、多くの写真家が自分の眼ではなく、過去から現代に至る写真家のうちの誰かの眼を借りているように思えるのです。そういう写真家は盲目といえるでしょう。
マヌエル・アルバレス・ブラーボ videos (YouTube)
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