Minor White マイナー・ホワイト




Minor White
マイナー・ホワイト


アメリカ, 1908-1976

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Minor White マイナー・ホワイト

マイナー・ホワイトは1908年、アメリカ中西部のミネソタ州ミネアポリスに生まれました。母方の祖父母が近所に住んでいため、マイナー少年はこの祖父母から大きな影響を受けて育ちました。祖父は熱心なアマチュア・カメラマンであり、南北戦争から西部開拓時代の写真家(アレキサンダー・ガードナー、ティモシー・オサリヴァンなど)のスライドを大量に所有していました。祖父は8歳になった孫にボックス・ブローニーのカメラを与え、彼は写真を撮り始めました。

一方で祖母はガーデニングを趣味としていて、その影響で植物学に興味を抱いたホワイトはミネソタ大学で植物学を専攻します。成績はあまり芳しいとはいえなかったようですが、顕微鏡写真術の授業は楽しみにしていて、ここで現像やプリントを学びました。ところが彼の興味は次第に詩や文学に向かうようになります。卒業後の彼を待っていたのは、大恐慌時代の就職難でした。就職先が決まらなかったホワイトは、大学のクラブで5年間ウェイターやバーテンダーの仕事をしながら詩作に励み、ソネットといわれる14行詩の連作を完成させました。

1938年、ホワイトは35mmフィルムのアーガスカメラを買い、ポケットに数ドルを入れて西海岸のオレゴン州ポートランドへ向かいました。ホテルでの夜勤の仕事を見つけ、昼間は写真を撮るという生活が始まったのです。さらにオレゴン・カメラ・クラブに所属し、公共事業促進局(Work Progress Administration)の委託を受けてポートランド美術館で展覧会を開催しました。

やがて第二次世界大戦が勃発、軍の諜報活動部隊に配属されます。実際の戦闘行為に従事したかどうかは定かではありませんが、生死について、人が殺しあうことについて、深く考えるきっかけとなったようです。軍に所属している期間にホワイトはカトリックに入信します。その後生涯にわたってスピリチュアルな旅を続けることになるホワイトの、これが最初の拠りどころでした。


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除隊後、1945年にニューヨークへ行き、コロンビア大学で美学や美術史を学びながら、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で博物館学の仕事をしました。ニューヨーク滞在中、ホワイトはアルフレッド・スティーグリッツを訪ねました。スティーグリッツ後期の代表作である「イクイヴァレント(同等物の意)」について本人から直接話を聞けたことは、その後のホワイトの写真に劇的な影響を与えました。
MoMAでの仕事は、ハリー・キャラハンやポール・ストランドアンセル・アダムスなど著名な写真家たちと出会うチャンスを与えてくれました。また、その時期エドワード・ウエストンが回顧展開催のためにカリフォルニアから来ていて、会期中ずっと滞在していたため、ホワイトは毎日のようにウエストンと会話し、新聞に評論を掲載しました。

1946年、アンセル・アダムスの招きで西海岸に戻り、サンフランシスコのカリフォルニア美術学校内に設立されることになった写真部門で教師として教える始めました。ホワイトは、アンセル・アダムスが開発した有名な写真技法「ゾーンシステム」の最初の理解者のひとりであり、ふたりはゾーンシステムを学生に教えました。同僚にはドロシア・ラングイモージン・カニンガムがいました。1948年にはホワイトの初めてとなる大規模な個展がサンフランシスコ近代美術館(SFMoMA)で開かれました。

1952年、仲間の写真家(アンセル・アダムス、ドロシア・ラング、バーバラ・モーガン)や、作家・キュレーターのナンシー・ニューホール、その夫で歴史学者のバーモント・ニューホールとともに写真雑誌『Aperture』を創刊。スティーグリッツが1903年につくった雑誌『カメラワーク』をお手本にしたという『Aperture』を、ホワイトは1975年まで編集し続け、写真の世界で非常に大きな影響力を持つ雑誌となりました。1953年、ニューヨーク州ロチェスターに居を移し、4年間ジョージ・イーストマン・ハウスでキュレーターを務め、雑誌『Imagine』の編集にも携わりました。

1956年から1964年まではロチェスター工科大学で教鞭をとり、教え子にはポール・カポニグロ、ピート・ターナー、ジェリー・ユルズマン、ポール・ホーフラーがいます。1965〜1976年にはマサチューセッツ工科大学(MIT)で講義を行い、レイモンド・ムーアなどの写真家を育てました。ゾーンシステムについての彼の講義はたいへん有名で、定員以上の申し込みが殺到したそうです。1970年、グッゲンハイム・フェローシップを授与。1976年、67歳でその生涯を終えました。

マイナー・ホワイトは、公表はしていませんでしたが両性愛者であり、当時の社会では受け入れられていなかった同性愛という自らの感情に非常に苦しんでいたといいます。こうした性的な傾向は、特に戦後の作品の主題やスタイルに多く表れ、彼が撮影した男性ヌードはこのジャンルにおける傑作とされていますが、発表されたのは彼の死後10年以上も経過した1989年になってからでした。
と同時に、心の平穏や純真を求める精神的な探索も行いました。ロチェスター時代には神秘主義や東洋哲学に興味を持ち、オイゲン・ヘリゲルの『Zen and the Art of Archery(弓と禅)』などの本に親しみ、自らの教育法に取り入れました。


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一般に、合理的・理論的というよりも直感的で現実離れした想像力に優れている人にとって、写真は最良の表現手段とはいえません。目の前の人間や光景を、見たまま瞬時に記録するのが本来の目的ですから、頭のなかで思い描いたことを表現するには元来向いていないのです。それでも彼らはそうした矛盾を克服する自分なりの法則のようなものを発見して折り合いをつけてきました。

そもそも空想的な人は、ある具体的な事物のなかに普遍的な意味を見い出すのが特徴です。こうした傾向の人はビジュアルアートよりも文学のほうが、より多くの成果を上げることができるでしょう。なぜなら写真や絵画は、言葉に比べて圧倒的に直接的で肉体的なものだからです。例えば文学においては、一握りの砂に宇宙の存在を感じたり、一輪の花を見て無常を表現したりすることはよくあります。日本では俳句や短歌などの伝統文学があり、目の前の事象をわずかな言葉で描写しながらもそこに普遍的な意味を詠み込むのは得意とするところです。ところが、そうした普遍的な意味を写真で表現するのはかなり困難といわざるを得ません。写真が得意とするのは一握りの砂と宇宙の共通点についてくどくどと述べることではなく、砂は砂、宇宙は宇宙、それぞれの違いを一見してわからせることを得意としているのです。

とはいえ一方で、何かを撮影しただけでそこには何の主張も感情もない写真は、もしそんな写真を撮ることが可能だとしたら、見る人の心を打つことはできず、はっきりいって無用の長物です。アートとは総じて具象と抽象のたたかいであることは疑いありません。そして、一枚の写真がさまざまな意味を持ちうるという事実を世界で最初に明白に提示したのはおそらくアルフレッド・スティーグリッツでしょう。1920年代に撮影された、スティーグリッツ後期の代表作である雲の写真のシリーズを彼は『イクイヴァレント』(同等のもの)と名づけましたが、空は常に私たちの頭上にあるという点では同じ意味を持つが、しかし見方によっては任意の意味を持つことができ、気象現象という型にはまらない別のさまざまな意味を持ちうるということを暗示しているのです。


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こうしたスティーグリッツの考えを最も印象的に継承したのがマイナー・ホワイトです。ホワイトは若い頃、エドワード・ウエストンやアンセル・アダムスの教えを受けて深く影響されましたが、次にスティーグリッツのコンセプトに熟練した技術や洗練された感覚、自然の風景に対する卓越した感受性を加えて写真を撮りました。

右に紹介しているホワイトの写真が実に興味深いのは、その完璧なまでに正確な写真描写にも関わらず、それが一体なにを描写したものなのかがはっきりわからないという点です。石、氷、古代人の骨、干からびた枯れ葉、化石化した木片、……それとも?

  さらに写真を眺めていると、自分が一体どの視点からこの対象物を見ているのかも判然としなくなります。自分の足元を撮影したものなのか、数千メートル上空から撮影された航空写真なのか、それとも目の前の壁を撮影したのか?

どのようにとらえようとも、ただひとつ明白なのは、私たちに畏怖の念を抱かせるほどの正真正銘の自然がそこにはあるということです。この地球の表面を覆っているのは、二度と元に戻ることのない、矛盾だらけの厳しい自然の営みだけだという事実に、私たちは気づかされるのです。






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マイナー・ホワイト / キュレーターおすすめの写真集
Minor White: Rites and Passages : His Photographs Accompanied by Excerpts from His Diaries and Letters (Aperture Monograph)

厳選された作品による写真集。マイナー・ホワイトの日記、手紙の抜粋も読むことができ、彼の精神世界の一端を窺い知ることができます。


Aperture Magazine Anthology: The Minor White Years, 1952-1976

マイナー・ホワイトらが創刊した『Aperture』誌60周年を記念して作られた初のアンソロジー。



マイナー・ホワイトのことば・名言集
  • 被写体が自ら写真を生み出すにまかせなさい。あなたはそれを撮るカメラになりきるだけです。
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