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フォト・セレクション

ブルース・デビッドソンのことば・名言集


ブルース・デビッドソンのことば・名言集
私の写真の大部分は思いやりにあふれ、優しく、そして個人的なものだ。鑑賞者は、思い思いにそれを見る。説教はしない。それに芸術ぶったりもしない。
ユージン・スミスのフォトエッセイから私は学んだ。写真は感情を伝えることができるだけでなく、人びとの現状に役立てることもできる、と。
私はもはや、自分の作品を他の写真家たちに見せることに興味がない。しかしながら写真と関わりのない人たちには見てほしい。私の写真は現実からの逃避ではないが、現実を凝視している。だから私はより深い方法で人生を経験することができる。
写真撮影、つまりスナップ写真の撮影とは、撮影者が透明人間のようにその存在を消すことである。ところが、撮られる側には、写真を撮られることが恥だという感覚がいまだにある。魂のなかの何かが奪われてしまうように感じるのだ。
そういうわけで私はやりたいことをやり、すべてを見た。惨めさ、名声、社交界の人々、不道徳な人々、寛大さと憎悪を。しかし私は自分が見てきたものを超えたと思う。表面的なものを超えて、自分の命の中心に、人びとの命の中心に至ったのだ。おそらく、これが私がなしえた最も重要なことだ。
私の写真の全作品はセルフポートレートである。なぜなら自分自身を投影または反響させることなしに写真を撮ることなど不可能だからだ。コウモリが超音波を発し、エコーとなって戻ってくることで情報を得るのと同じだ。被写体の人物の写真を撮るだけでなく、同時に自分自身の写真も撮っているのだ。
彼女は部屋に行き、「決定的瞬間」と呼ばれるこの大きな本を持って戻って来た。カルティエ=ブレッソンによる写真集だ。我々は一緒に座り、その驚くべき写真をすべて見た。こんなものは今まで見たことがなかった。彼女が言った、「この写真家が本当に大好きなの」。そこで私は考えた、「もし俺がこの男のような写真を撮ったら、彼女は俺のことも愛してくれるだろう」と。私は出て行き、毎月の手当をすべて中古のライカにつぎ込んだ。実際、カルティエ=ブレッソンの写真を真似してみたりもした。当然うまくいかなかった。結局、その若い女学生は歴史の教授と駆け落ちし、私はカルティエ=ブレッソンとともにあとに残された。それが始まりだった。私はストリートフォトを撮り始めた。
我々はしばらく一緒に歩いた。ストリートはたちまち彼の写真になった。(アンリ・カルティエ=ブレッソンについて)
自分は配管工だ、というのと同じ調子で私は写真家である。そうありたいのだ。
私が太陽の光を愛する写真家だったことは決してない。私は暗がりを愛している。




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