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フォト・セレクション

ウィリアム・クラインのことば・名言集


ウィリアム・クラインのことば・名言集
ニューヨークの写真集はビジュアル・ダイアリーであり、一種の個人的な新聞でもある。ニュースのように見せたかったのだ。私はヨーロッパ人の写真には馴染めなかった。私にはあまりに詩的すぎるし、風刺が効きすぎている。ニューヨークという都市の活動的な特質、子どもたち、ほこりや泥、狂気。それに見合う写真表現を見つけようとした。それで粒子の荒い、コントラストの効いた、黒の画面になった。トリミングし、ボケさせ、ネガをもてあそんだ。こぎれいなテクニックはニューヨークには似合わなかった。私には自分の写真がタブロイド紙のようにドヤ街に転がっているさまが想像できた。
(駆け出しの若い写真家へのアドバイスを求められて)自分らしくあれ。たとえそれが下手くそでも、他の誰でもない自分自身の作品を見るほうがずっといい。
私は門外漢だった。写真のルールには興味を引かれなかった。カメラにはカメラにしかできない表現方法があった。粒子の荒れ、コントラスト、ボケ、ゆがんだ構図、グレースケールの排除もしくは誇張、などなど。どんな方法が可能なのかを示し、今までの慣習的なカメラの使用方法と同様、こうした使い方もありなのだと言いたかった。
ときどき、私は目的もなく、ただ何が起きるか見るために撮影したくなる。群衆のなかに駆け込んで、バン!バン!だ。それはボクサーがジャブのあと旋回してパンチを見舞う感覚に近い。突然開始、そしてバン! シャッターボタンに一撃。ファンタスティックな感覚だ。
私はいつも教わったことと真逆のことをやる。技術的な下地がほとんどないまま、写真家になった。このカメラを使うと決めたら、故障するまで全力で使い倒す。私にとって写真の制作とは、アンチ写真を制作することなのだ。
私は広角レンズを標準レンズとして使用した。それに関して哲学があったわけではない。ビューファインダーを覗き、これならあらゆる矛盾と混沌を見ることができると理解したのだが、それが広角レンズだったというだけのことだ。そしてそれは最高だ。
私が思うに写真には2種類ある。ジューイッシュな(ユダヤ人の)写真とゴーイッシュな(非ユダヤ人の)写真だ。現代写真を見れば、片やウィージー、ダイアン・アーバス、ロバート・フランクがいる。ファンキーな写真だ。それから一方で森の中へ出かけていく人たち。アンセル・アダムス、ウエストン。こちらはモノクロで奏でるジャズのようだ。
人生を注意深く見てみれば、ぼやけて見えるはずだ。さあぼやけたビジョンと仲良くしよう。ボケは人生の一部なのだから。
写真家たちの描くパリはいつもロマンティックで、霧にかすんでいて、そのうえ単一民族だ。しかし私にとってパリは、ニューヨークと同様に、いや恐らくそれ以上にメルティング・ポット(人種のるつぼ)である。国際的な都市で、多文化であり、まったくの多民族都市だ。ル・ペン(極右で知られるフランスの政治家)がなんといおうとそれが事実である。
その当時(1954年)私はニューヨークに半年間滞在していて、写真集を作ろうと考えた。そこでいくつかの出版社にあたってみた。どこも駄目だった。写真を見た人はみんなこう言った、「これはどういう類の本だい? ニューヨークをスラムのように見せているね」。私は言った、「ええ、ニューヨークはスラムですから」。「どんな種類のニューヨークを表現しようとしているんだ? 黒人だらけで恐ろしいところなのか?」。私は言った、「いいえ、あなたはフィフス・アヴェニューに住み、オフィスはマディソン街にある。あなたはブロンクスへ行ったこともなければクイーンズへもフラットブッシュ(ブルックリン)へも行ったことがない。これが真実のニューヨークなんです」。
(1950年代前半の写真について)私は極めて意識的にカルティエ=ブレッソンと逆のことをやろうとしていた。彼は写真のなかに介在することなく作品を作った。目に見えないカメラのように。私はできるだけ大っぴらに目立ってやろうと思った。
なぜ写真が(見たものをそのまま映す)鏡になる必要がある?




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