
Tatsuya Sato
佐藤龍也 (サトウ・タツヤ)
作品づくりに没頭するようになったのは、ビートジェネレーションの影響や、1970年代という時代背景のせいかもしれません。
20代の頃、放浪の旅をしながら、自由気ままに作品作りが出来るストリート・フォトグラファーに魅力を感じたと語っています。
アジア、シルクロード、ヨーロッパ、南北アメリカ……。
世界を旅し、カメラマンではなく一人の人間として現地の人々と出会い、自然、文化、道端の光景、路地裏で遊ぶ子どもたちの歓声、家族の日々の暮らしなどを目にし、映画・音楽・舞台や祭り儀式に参加し、また地方の小さなギャラリーを訪れ表現の糧としてきました。
一見どこにでも存在していそうな平凡な日常生活の一場面が、彼の目を通して、軽快なリズムとなり、画像が漂流しているかのようです。
また、写真家が撮りためた写真を作品集として発表するためには、写真の選別(美や醜また味わいを識別する眼)と編集作業(選び抜かれた写真をまとめ上げる個性的な知)、センスなどが大切です。
編集とは単に一枚一枚の写真をつなげるという作業ではなく、「作品」を通して自分自身の表現を形作って行きます。時にそれは撮影以上に想像力や創造力、そして遊び心も必要です。
写真の歴史は、記録や情報、自己表現、絵画的なアートからの脱却、固定された芸術という言葉から解き放たれていきます。
その代表的なモノクロ・ストリート写真作家がロバート・フランクです。1950年代に出版した写真集” THE AMERICANS ”は、アートの世界において写真の地位を揺るぎ無いものにし、謙虚で思慮深い作風は作品に反映され、古今東西、男女を問わず広く支持され続けています。
発表される作品集が、いつのまにか人々の記憶から消え去ってしまうことは、とても悲しく残念だと語り、歩んできた時間や空間の旅を、納得できる仕上げで発表したいと願っています。
生涯を通して、束縛のない自由作品は、商業的な目的とは違い、それほど多くはつくれないでしょう。
それは集中力・精神力・体力また時間や経済的な理由など、さまざまな要素が絡み合っているからではないでしょうか。
現在、佐藤龍也はフリー・フォトグラファーとして東京を拠点に活動を続け、
時間を見つけては国内・国外を旅し作品を作っています。
ニューヨーク市 ブルックリン Pratt Institute でのフォト・ショウでは彼自身がたどって来た世界を淡々と自然に表現し、独創的にまとめ上げられています。
その写真からは、被写体や弱者に対する優しさや、国や民族といった境界線を超えたシンプルで親しみやすい表現が伝わり、見る人々に旅をしているかのような息づかいを呼び起こさせます。
近い将来、編集という「旅」を終えたあとに一冊の写真集が私たちの手元に届けられることを期待しています。
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アメリカの作家ハンナ・ティンティの短編小説集。ティンティはニューヨーク・タイムズの「注目すべき100冊の本」や全米図書館協会アレックス賞などを受賞した気鋭の作家。表紙写真は佐藤龍也が担当しました。

アメリカにおける「民主主義」の現在を、歴史社会学・政治学界の泰斗シーダ・スコッチポルが鮮やかに説き起こす新古典。表紙写真には佐藤龍也の作品が採用されました。











