
Lee Friedlander
リー・フリードランダー
リー・フリードランダーは1934年ワシントン州アバディーンに生まれました。
14歳で写真を始めた彼は、1950年代後半のニューヨークやニューオーリンズのジャズミュージシャンたちのアルバムジャケット用のポートレートを撮影。フリーのカメラマンとして、また、UCLAやミネソタ大学の教官として生計を立てました。
初期のフリードランダーはウジェーヌ・アジェ、ウォーカー・エヴァンス、ロバート・フランクの影響を受けたといわれています。
彼の作品の多くは、車の窓からの日常の光景であり、ガラスなどに映った影であり、目に映った光景の内面にひそむ光景です。自分の影を捉えた一連のセルフ・ポートレートシリーズも有名です。
そもそも、写真は「役に立つ」という理由でもって一般的に受け入れられてきました。そういう意味では、芝刈り機とか風邪薬が人の役に立つというのと同じレベルです。そのこと自体、疑問をはさむ余地はないでしょう。
写真によって私たちは人や風景や過去の出来事を思い出やニュース写真、史料として残すことができますし、広告写真ならば商品の売り上げに貢献してくれます。
しかしながら、そのなかでも真に優れた写真に限ってはそういう類の「役立ち感」はありません。それらは芝刈り機とか風邪薬というよりは大道芸や哲学や数学に例えられるかもしれません。つまり人々の精神に栄養を与えるという点においてのみ、役に立ってくれるのです。
左の写真を撮影したとき、リー・フリードランダーは一種のゲームをしているような感覚で写真を撮っていました。
彼が目指したのは、さまざまな感覚が無秩序に存在するトゲに満ちた茂みのなかから、今まで見たことのない新しいタイプのものを発見し、生み出すことです。ゲームのなかでは「伝統」に打ち勝つような新しい表現を見つけていくことが勝敗のポイントを握ります。
フリードランダーはそうやって、さまざまな感覚の茂みを移動しながら、まったく新しい表現を次々と発見していきました。
店のウィンドウに映る中央の大きな人物は、明らかに写真家そのひとです。
フリードランダーがこうした曖昧でわかりにくいセルフ・ポートレートを撮影したのは、ひとつにはいうまでもなく、主題である自分を簡単に撮影できるからであり、またガラス窓という透明感とそこに映る像という画面に魅せられたからでもあります。さらに、後でその写真を見たときに、自分がどこにいて、それはどのような感覚だったかを思い起こさせるからでもあります。
写真家の心臓部分の上には明るい四角形が写っていて、なかに小さな人物が見えますが、これもまたフリードランダー自身です。これは、店の中の鏡に映った像です。
左側の自動車(ムスタング)のそばに立っている男はただの通りすがりですが、写真を撮っているこの男は一体なにを見ているんだろうと不思議そうにこちらを見ています。
この写真がなにを表現しているのかを、図を描きながら説明することはおそらく可能でしょう。しかし、獲物を追うハンターのように獰猛で尖ったこの感覚が、一体どんな「役に立つ」のか? フリードランダーは我々にそうした精神的な刺激を与えてくれる写真家です。
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Friedlanderフリードランダーの集大成ともいえる写真集です。テーマ別にまとめられた500点を超える写真に加え、ニューヨーク近代美術館写真部門のキュレーターを務めるピーター・ガラッシによるエッセイも収録。

1970年に発表されたセルフポートレートの作品集。「自画像」という固定概念に戦いを挑むかのように鏡などに映る自分を撮影し、自らの影を挿入しながら写真で「遊んで」いるかのように撮影し、結果としてこの不可思議なセルフポートレートはフリードランダーという人間を驚くほど完璧に再現しているのです。

アメリカ文化の象徴的な存在、自動車とハイウェイ。フリードランダーは約10年にわたって全米50州をレンタカーで旅し、ダッシュボード越しの風景、ドアミラーやバックミラーが映りこむ独自の世界を構築しました。

フリードランダーが桜の季節の日本を訪れました。独特の視点でとらえた日本の美とは? こんな見方があったのか!と目から鱗が落ちるような、非常に興味深い傑作です。
- 私の作品を見た人がさまざまな印象を受けるということに魅了される。私は前もって熟慮するタイプの写真家ではない。撮りたい光景に出会ったら、さっとものにする。機会があれば、私はいつだって外に出て写真を撮りたいと思う。撮るものを探しに行く必要はない。材料はそこらじゅうに転がっている。外に出れば、撮ってくれとばかりに向こうが君を見つめている。















































